武器保有権と武士団の精神

[要旨]
アメリカ合衆国憲法修正第2条*に見られる武器保有権は、決してアメリカ独自の思想ではなく、日本史上にも見られる伝統的な保守思想である。しかし日本の武器保有権は、日本を襲った3度の刀狩りにより失われつつある。私たちは武士団の精神をもう一度取り戻さなければならない。

*アメリカ合衆国憲法修正第2条[武器保有権]
規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。


[目次]
1、日本の保守思想の2つの潮流
2、日本を襲った3度の刀狩り
3、刀狩りと現代の銃規制
4、武器保有権の本質は、腐敗した政府に対抗する権利
5、甦る武士団の精神


1、日本の保守思想の2つの潮流
日本史を概観したならば、平安時代までは朝廷(天皇)が政治の中心であり、鎌倉幕府が開かれてからは、鎌倉・室町・江戸と移り変わりながらも幕府による統治が行われ、明治になってから再び天皇を中心にした近代国家へと移り変わっていった、ということになろう。

つまり日本の政治史を大きく分類するならば、朝廷(天皇)による政治と、幕府による政治に2つに分類できる。ここではこれらが全く異なる2つの政治思想に基づいて成立した政権だったことを明らかにする。

a、朝廷(天皇)による政治
日本は大化の改新(645年)によって、それまでの豪族を中心とした政治から天皇中心の政治に移り変わっていった。この新しい政治体制では、律令制を取り入れて強力な中央集権国家を目指した。

ここで取り入れられた公地公民制は、”土地と農民は天皇のもの”というものという制度であり、私有財産を禁じた点で、これを古代における共産主義体制だと評価することができる。しかしこの律令制度はその後制度的限界を迎え、墾田永年私財法(743年)とそれに続く荘園の開発により徐々に崩れていくことになる。

b、幕府による政治
律令制度が崩壊していく中で、有力な農民や豪族は、朝廷から派遣された国司の横暴に対抗し、自分たちの土地を守るために武装していった。これが武士団となり、後に鎌倉幕府(1192年)を形成することになる。

つまり幕府の成立は、私有財産制を基礎とし、それまでの腐敗した朝廷に対抗し、自分の土地を守るために武装し、自分たちの力で新しい政府を作るという思想によって成り立っていたのである。

c、徴税権を巡る闘い
幕府の開設後も、朝廷(天皇)は存続した。それは幕府は朝廷(天皇)を打倒し、その権威を奪うことを目的としていなかったからである。幕府が目指したのは、朝廷から派遣された国司による横領と徴税権の濫用から、自分たちの土地と権利を守ることであった。こうして幕府は、全国に守護地頭を配置することにより、徴税権を自分たちの手にすることになった。

d、日本の保守思想の2つの潮流
現在、日本の保守思想と言えば、”天皇制”しか思い浮かばないかもしれない。しかしこれは歴史的には事実ではない。朝廷(天皇)による政治が腐敗した時、農民や豪族は武装し、武士団を結成した。そして幕府を開いたのである。これが日本の保守思想の2つ目の潮流である。

この2つの政治思想は、全く異なる思想である。朝廷(天皇)を中心とした政治では、概して中央集権制を指向し、官僚主義であり、対外的な拡大政策が取られた。朝鮮半島への進出が行われたのも、朝廷(天皇)が政治を行った時代である。それに対して幕府では、地方分権、私有財産、個人の自主性と権利が重んじられた。


2、日本を襲った3度の刀狩り
今日、幕府による保守思想はほとんど顧みられることはない。その理由は幕府成立の基礎となった民衆の武器保有権が、為政者によって奪われ、その精神が骨抜きにされてきたからである。

ここではその代表的な3例を取り上げるが、史実を見れば、刀狩りはこの3例に限定されるものではない。太平洋戦争敗戦による武装解除は、本来は刀狩りとは少し定義が異なるが、武器保有権の否定という観点からここで取り上げる。

a、豊臣秀吉の刀狩り
刀狩りとして最も有名なのが、豊臣秀吉が実施した刀狩り(1588年)であろう。これにより兵農分離が確立し、統治する側と統治される側がはっきりと区別されることになった。これにより武器は、統治者である武士のみが所有することとなった。

b、明治政府による刀狩り
明治政府は廃刀令(1876年)を発布し、士族から帯刀権を奪った。これは明治政府が士族の反乱を抑制し、民衆の統治を強化するためであった。これにより日本で武器は政府のみが独占する体制が確立された。

c、太平洋戦争敗戦による武装解除
敗戦により日本は武装解除され、憲法には、戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認が規定されることになった。これは日本が再び連合国に対抗することがないようにするためであった。これにより日本は、自国を守る権利が奪われ、防衛を他国に依存することとなった。

d、朝廷(天皇)と幕府の姿勢
豊臣秀吉は幕府を築かず、朝廷内での立身出世を目指した点から、朝廷(天皇)側の為政者として評価できる。このような観点から見ると歴史上の刀狩りは、ほとんどが朝廷(天皇)側の為政者によって行われてきたことが分かる。特に豊臣秀吉と明治政府には、刀狩りや、対外的な拡大政策など、多くの共通点がある。

それに対して幕府にとって、武器保有権は自らの政権の正当性の拠り所とも言え、17世紀後半の文治政治まで全国的な帯刀規制は見られなかった。また幕府が対外的な拡大政策を取ったことは一度もない。

e、刀狩りの影響
刀狩りは日本人のメンタリティに大きな影響を与えた。明治政府は刀狩りにより士族の反乱を抑えることには成功したが、日本人から自立した精神を奪った。これは武器を取って自分の家族と地域を守る精神である。これにより日本史を支えてきた保守思想の一つが途絶えてしまった。

また敗戦後は、自分の国を自分の力で守ることが否定されてしまった。憲法に書かれた「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というお花畑の思想がその象徴である。

また「お上に逆らう事は許されない」という日本人のメンタリティも、この刀狩りに由来する。なぜなら刀狩りとは、為政者に逆らうことを禁じる政策であり、為政者に依存させ自立心を奪う政策だからである。つまり刀狩りとは、人間から尊厳を奪い、自立性を奪い、人間を家畜のように飼い慣らす政策なのである。

日本には国連信仰が根強いとの批判がかねてよりあるが、これは至極当然のことである。日本人は刀狩りにより自らのアイデンティティを失ってしまったので、他人に依存する気質が生じてしまったのである。もはやかつて自分の土地と権利を守るために武装し、幕府を形成した武士団の精神はどこにも見られなくなった。


3、刀狩りと現代の銃規制
刀狩りとは現在の銃規制と同義である。銃規制派は銃は政府が独占すべきであり、民衆は銃を持っていない方が安全なのだと言う。実はこれは豊臣秀吉の刀狩令と同じ発想である。豊臣秀吉が発した刀狩令には、こう書かれている。

第3条、百姓は農具だけを持って耕作に励めば、子孫代々まで無事に暮せる。百姓を愛するから武器を取り上げるのだ。ありがたく思って耕作に励め。

しかし歴史を見るならば、真実は全く異なる。一例を挙げれば、江戸時代、武士は刀を携帯していたが治安は良かった。現実に則して見れば、今日の日本は武器保有権を否定したにも関わらず治安を維持できている、と評価することも可能なのである。

つまり銃がない方が安全だと言う主張は、日本を取り巻く諸外国は平和を愛する国々ばかりだから、自衛隊は必要ないと言う主張と同根であり、このような思想こそが、私たちの平和と安全を脅かすものなのである。


4、武器保有権の本質は、腐敗した政府に対抗する権利
現在、中国共産党が、国内においては国民を弾圧しつつ、対外的には拡大政策を取っている。しかしもし中国の国民が、武器保有権を持っていたらどうだっただろうか。もし香港の市民が銃を持っていたらどうだろうか。中国共産党は今日見られるような暴挙を行うことができただろうか。

北朝鮮はどうだろうか。国民を苦しめながら核兵器の開発を続けてきた政府に、なぜ国民は対抗できなかったのだろうか。それは国民が銃を持っていなかったからである。これらのことは、今日において直視されるべき事実である。

つまり銃の所持は、単に暴漢から身の安全を守るために行うものではない。それは政府が腐敗した時に、それに対抗するための国民の力であり、不正を正し、正義を実現するための力なのである。そして日本でもかつて政治の腐敗を正し、自らの土地と権利を守るために幕府を築いた歴史があるのだ。


5、甦る武士団の精神
ここに至って、私たちは日本の保守思想には、天皇を中心にした中央集権的な思想だけではなく、自分たちの土地と権利を守り、政治が腐敗した時には、立ち上がって新しい政府を作るという幕府の思想があったことを理解するようになった。この基礎となったのが武士団の精神である。

武士団の精神とは、私有財産を基礎とし、武器を所持し、自分の家族と地域を守る思想である。そして強力な官僚制度を否定し、民衆を国家に隷属させようとするあらゆる政策に対抗する精神である。

武器保有権の否定は、単に身を守る手段を奪われることに留まらない。一番恐ろしいことは、自立した精神が奪われてしまうことである。私たちの思考、メンタリティ、アイデンティティが破壊されたならば、私たちは腐敗を目撃しても、日和見をし、長い方に巻かれ、それに対抗しなくなってしまうのである。

それではもう一度、武士団の精神が甦る日は来るのだろうか?私はそうだと確信する。そしてそれは今の日本にとって何よりも必要なことである。そのためには歴史を学び、精神を学ぶことが必要である。そうしてこそ私たちは武士団の精神を再興し、武器保有権を天賦の人権として掲げる日を迎えることができるのである。

 

英訳はこちらです。

The Right to Bear Arms and the Spirit of the Samurai Corps

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