2021年12月10日金曜日

日刊バレーヒルリポート 2021年12月10日(金)

 ★★★────────────────────────────────

現代摂理を展望する「日刊バレーヒルリポート」
<保守派クリスチャンのための時事評論メールマガジン>
                        2021年12月10日(金)
────────────────────────────────★★★

バレーヒルリポートでは、毎日のニュースの中から、TV・新聞では報道
されない重要なトピックスをピックアップしていきます。
また日曜/水曜の礼拝の動画もお届けします。

本日のメニューはコチラになります。

★本日のトピックス(2件)
★(コラム)天皇崇拝は被造物崇拝


───────────────────────────────────
本日のトピックス(2件)
───────────────────────────────────

■【遠見快評】米が北京五輪に「外交的ボイコット」
https://www.valleyhill.report/2021/12/blog-post_52.html

----------------------------------------------------------------------

■【日防隊】井上正康先生とのイベント告知第一弾!
https://www.valleyhill.report/2021/12/blog-post_10.html


───────────────────────────────────
(コラム)天皇崇拝は被造物崇拝
───────────────────────────────────

今日のコラムは、虎の尾を踏むことを覚悟して書くものである。
日本の保守派を刺激するようなことを書くな、自制をしろ、空気を読め!

そんな声が聞こえてきそうだ。しかしそれよりももっと恐ろしいことは、
周りに配慮して発言しないことなのではない。日本のクリスチャン自身が、
天皇は神に選ばれた特別な存在だと考えてしまうことだ。

皇室の歴史は長く、史実によれば、おそらく1,500年以上、神話によれば
2,600年以上の歴史を有する。現存する世界最古の王朝である。
皇室の歴史はキリスト教の歴史よりも長いのだ。

しかし選民の歴史は、イエス・キリストから始まったのではない。
アダム家庭において、アベルとカインの摂理から始まっているのだ。

アベルが殺害され、アダム家庭の摂理が失敗した後、神はノアを選ばれた。
ノアは120年かけて箱舟を建造し、ノアの一家は洪水から逃れたのである
が、ハムの過ちにより再びサタンが侵入し、神はアブラハムを選ばれた。

このアブラハム・イサク・ヤコブの信仰の上に、私たちは歩んでいるので
ある。だから神はご自身を「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」
と言われたのである。(出エジプト 3/6)

私は本稿では、天皇と皇室に摂理的な使命があったのか否かについては
論じない。私には難解なテーマであるし、知識も有しない。ただ一点だけ
押さえておけば十分だと思う。

それは天皇を中心にした政治思想は、日本史の中の”アベル思想”では
ない、という点である。古代の律令制は公地公民制を基本にしていた。
土地と人民は天皇のものという思想である。また律令制は天皇を中心に
した中央集権国家と強力な官僚制度を目指していた。

これに対して自らが汗を流して開墾した土地は自分たちのものである、
として、武士団を結成し、自らの土地と財産を守ろうとした人たちが
いた。それが東国武士団である。これが鎌倉幕府の源流なのだ。

日本史における”鉄の杖思想”の源流は、武士団と幕府である。それは
自らが武装することで中央集権的な政治を打ち破り、自分たちの政府を
作ることを目標にしていたのだ。

武士の時代になって、天皇は長らく歴史の表舞台に立つことはなかった。
時世が変化したのは、黒船が来航して以降のことだ。諸外国に対抗する
ために中央集権的な国家の建設が望まれた。また主の再臨に備える摂理的
な意味もあった。しかし明治以降の日本の歴史は、戦争の歴史でもある。

太平洋戦争の時、日本では特攻隊の悲劇があった。若者の尊い生命が
まるで兵器の部品であるかのように扱われた。これは決して偶然の悲劇
なのではない。創造主を否定し、被造物に仕える時、その先にある世界は、
人間を人間扱いせず、物のように扱う世界なのだ。

日本の保守が、常に”公共の福祉”の論理を多用し、人権を制約的に理解
しているように見えるのは決して偶然なのではない。神がアダムとエバ
を創造された、という聖書の思想に立たない限り、人間は人間らしい
本来の権利を取り戻すことはできないのだ。

聖書にはこう書いてある。
事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵に
よるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを
通して、信じる者を救おうと定められたのです。
(コリントI 1/21)

私たちはこの世と闘うために、この世の多くの知識を学んできた。しかし
それだけではダメだ。神の知恵こそが救いの源泉であり、生命の源泉で
あることを忘れてはいけないのだ。

----------------------------------------------------------------------


本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
また明日お会いしましょう。
───────────────────────────────────
現代摂理を展望する「日刊バレーヒルリポート」
ご意見・ご感想をお寄せください。
本メルマガにそのまま返信して頂ければ、発行元に届きます。

★発行責任者:西田 耕一
★公式サイト:https://www.valleyhill.report/
★発行システム:「まぐまぐ!」 http://www.mag2.com/
★配信中止はこちら:http://www.mag2.com/m/0001694625.html
───────────────────────────────────

メルマガ詳細

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ 

0 件のコメント:

コメントを投稿

Rod of Iron Freedom Festival 2020